元々、大阪府立堺東高校演劇部がはじまりのプレイング

 

名前の由来は同演劇部が参加していた、今はなき森ノ宮プラネットホールでの演劇祭 堺市の高校演劇部三校合同公演で、団体名は「プラネット連合軍プレイング」でした

高校卒業と同時に「部室が欲しい、みんなが集まる場所が欲しい」と言う

山本知史の願いで旗揚げしました

その時1999年、世間は世紀末思考が蔓延し、刹那的な時代だったと覚えています

 

今残っている結成メンバーは、山本知史と長江ゆかりです

第二回本公演「RUN」の時に中川ちえが照明として入り、

第四回本公演「スペースサングラス」の時にお手伝いとしてしろわがはじめてやってきました

紆余曲折を経て、第七回本公演「ココカラ」がひとつの区切りとして

堺市三国ヶ丘FUZZにて公演、全席満席となるご好評を頂戴しました

 

劇団員全員が社会人としてきちんと働いているのが入団条件のプレイング、

社会人としての生活は勿論、山本知史が結婚、さらに中川ちえが結婚し、変わっていく生活環境の中、

 

入ったのがひすいと水島しづく、プレイング第二期の幕開けでした

ひすいの「もっとプレイングはたくさんの人に見てもらうべき」と言う言葉に後押しされ、

大阪市立市民交流センター住吉北の後援もあり、同ホールでは8作品発表しました

 

同時期に地元の堺市に戻りたいと言う希望が強くなり、堺市文化団体連絡協議会 劇部会に所属、

堺市民芸術祭には6作品発表し、今年も引き続き、公演いたします

 

堺市で縁あって入団した本多ハチは社会人としても自立し、今、演者としても大いに才能を発揮しています

ひすいの紹介で入ってきた最後の幹部、金子翔真は久しぶりのプレイング男優、

プレ幹部に違和感なく溶け込み、その中で輝く才能の頭角を現し始めました

 

ずっと、

 

ずっと

 

たくさんの、たくさんの人の力を借りて今までやって来ました

プレイングを通り過ぎた、もう数えられないくらいのたくさんの人が手助けして下さいました

 

きっと誰か欠けても、ここまで来れなかった

手助けして下さった全ての方に改めて御礼申し上げます

 

 

そして、

 

そして、

 

そして、プレイングは、社会人の看板演者7名と演出家の劇団として、

第三期の幕を開けました

 

それは今までの全てを超える作品を、「お客様」に観て頂く為、

 

社会人が本気を出した演劇は、お金も時間も根性も、それはもうたっぷり入れ込んでいて、

観て頂くお客様に必ず「また観たい」と言って頂ける作品となっています

 

「夢は働いていたって叶うよ」を伝える為、

 

また、例え日本が不景気でも、人生がしんどくっても

どんな状況、環境でも夢は見れる、その楽しさを伝える為、

 

プレイングはこれからも突き進んで参ります

 

さぁさ、皆様ご一緒に!!!

 

劇団プレイング

代表 山本知史